LOGIN東の帝国で軍備が増強される中、西の王国では今日も変わらず民が平和な生活を送っています。
しかし王城の一室では重臣と将軍たちが集められ、緊急会議が開かれていました。――ハワード王国、謁見室 緊急軍議――
「国王陛下、敵の兵力、十万は下らないとのこと!」
物見の報告役である兵士が王の眼前で、片膝をつきながら悲痛な顔で報告します。
対する王国の陸軍兵力は三万。海軍に一万。「十万だと! とてもじゃないが勝ち目がない!」
慎重論派の多い重臣たちの顔は青ざめ、既に悲観的になっています。
「籠城戦だ! 我が国の防壁は暑く、食料も豊富だ。半年は持ちこたえられる!」
「民を全員城に入れられるものか! しかも半年持ちこたえたからと言って援軍もないのだぞ!」 「いや、ここは王城を一度捨てて、ゲリラ戦法に移るべきだ! 各地で各個撃破すればよい!」 「バカ者! それこそ民はどうなる! 下等臣民へと落とされ、鉱山送りだぞ!」今までにも帝国は反逆者や重犯罪人などを下等臣民として、鉱山や港湾労働などで苛烈な扱いをしてきたのは周知の事実です。
大陸の西方は、帝国本土と人体でいう腰のような陸地で繋がっており、三方は波の高い外洋に囲まれています。荒海を越えられる船を持たない民にとって逃げ道はありません。「ならば徹底抗戦するまでだ! 帝国の腑抜けた兵士どもに、鍛え上げられた我が国の強さを見せつけてやるがいい!」
最も好戦的な大将軍が声を大にして主張しましたが、それに賛同する声はありません。
降伏、籠城、放城、抗戦。作戦は異論噴出し、一向にまとまる気配がありません。突然振りかかった未曽有の国難に対し、誰もが動揺を隠せない様子。
その中でひとり、カイゼル王だけは腕を組み、目を閉じたまま微動だにしませんでした。横に控えるアウグストも、父の顔色をうかがいながらも取り乱した様子はありません。 やがてカイゼル王がその重い口を開きました。「決して民は見捨てない。帝国に膝を屈することもしない。それだけは譲れん」
静かに、落ち着いた口調でしたが、その声色には有無を言わせぬ圧力がありました。
「それでは王、籠城ですか、抗戦ですか?」
大将軍が鼻息も荒く、詰め寄ります。
「籠城をしたところで助けはない。結論は一つ。何がなんでも前線を守り抜く!」
前線というのは大陸の腰部分のことです。絶対防衛戦であるそこを突破されれば大きな平原が広がっており、数で劣る王国軍にとっては絶対的に不利な、大軍団の展開を許してしまうからです。
徹底抗戦を主張したカイゼル王にもそのことが分かっているのか、力強く言い切ったその瞳には一抹の焦燥感が漂っているのを、息子のアウグストだけは見逃していませんでした。「父上……」
アウグストは表情を曇らせ、父王のマントの端をそっと掴みます。
「お前は何も心配しなくていい、アウグスト。わたしとて『太陽の剣王』とまで呼ばれた身。最後の一兵になろうとも、この国を守りきってみせるさ」
父王が息子に見せる笑顔はとても慈愛に溢れたものでしたが、そこに潜んだ焦りを誤魔化しきることはできませんでした。
アウグストは首を横に振ります。「いいえ、父上。多くの兵を死なせてしまっては意味がありません。帝国からの侵攻路は一方向からに限られているとはいえ、そこも一個師団すら通れないような狭いものではありません。次々と押し寄せる軍勢の前にはいずれこちらが力尽きてしまうでしょう」
「ならどうしろというのだ。お前も城を開け放てとでもいうのか?」
なすすべのない状況に少しの苛立ちを覚えながらも、優しい笑顔を崩さず、父王は息子に訪ねました。
「いいえ。なんとしても民は守らねばなりません。ですから。袋を閉じてしまえばいいのです」
「袋を……?」ここにいる誰も、この年端も行かない少年が言うことをまだ理解していません。
皆が視線を集中させる中、アウグストはゆっくりと口を開きました。「まず、父カイゼル率いる精鋭部隊一万が正面からぶつかります。敵は王直属の精鋭部隊が来たと知って死に物狂いで攻め立てるでしょう。父上は善戦しながらも苦戦するふりをして、徐々に後退していきます。精鋭部隊を打ち破れる可能性を感じた敵は勢いづくでしょう。そして戦線はここにさしかかります」
卓上に広げられた地図。アウグストは前線とされた地点から少し王都に近い地点にある平原を指さしました。
そこは東から西に、王都に向けて広く開いた地形になっており、北と南は峻険な山と森林に挟まれています。「この地点に敵が差し掛かった時、二方から一斉に立ち上がり、敵を閉じ込めてしまうのです」
「!!!」並みいる歴戦の猛者たちが衝撃を受けました。この時代の戦争というのは、力と力が正面からぶつかり合うのが定石であり、誰もそのことに疑いを持ってすらいなかったからです。
「こちらの数が一万に過ぎないことを見破られぬよう、篝火や旗の数を増やすのも必要でしょうね」
「だがそれだと大多数の敵は後方に逃げてしまうのでは?」「左翼と右翼の最前線に騎兵を配置し、敵の全軍が平地に入った時点で素早く退路を狭めてしまいましょう。ダメ押しとして海軍兵力一万をこの腰部分に上陸させ、退路を断つのがいいかと」
アウグストが提案したのはまさに包囲殲滅作戦。今までの戦争の常識を覆すものです。
「息子よ」父王は震える左手を少年の肩に置きます。名前でなく、息子と呼ぶその声には、類稀なる戦術眼を示した彼に対する誇らしい響きが込められています。
「お前は今、我が国民全ての命を救ったぞ!」
カイゼル王は空いた右手を天高く上げ、高らかに宣言しました。
「皆も聞いたか! わが軍はアウグストの提案した作戦を実行し、敵を袋のネズミにして見せる! いや、わたしの炎の剣をもって袋の火鼠にしてみせよう! この場を持ってこの作戦名を『太陽の劫火殲滅作戦』と命名する! 帝国の兵士どもを焼き尽くすぞ!」
「うおぉぉぉ!」その場にいる全員が若き王位継承者の頼もしい将来性に心を動かされ、雄たけびを上げるのでした。
――リンゼン帝国 帝都 城門前広場―― 普段は練兵場として使われている大きな広場も、十万の大軍が集まれば窮屈に感じます。 大軍の前方、一段高く設えられた演台に立つのは宰相アルベルト・ヨハン・ローゼンベルク。 これから敵地へと侵攻する兵士に向けて、総司令官として軍を率いる彼が全軍に激を飛ばします。「戦友諸君! この戦いはかつての帝国領土を取り戻すための正義の戦いである! 慈悲深き皇帝より多大な君恩を受けたことも忘れ、逆賊の徒に成り果てたカイゼル・ハワードとその一味に大いなる鉄槌を下すのだ! 敵はわずか三万の小勢! 我が十万の勇猛な将兵たちの前には蜘蛛の子のごとく蹴散らされることだろう! いざ進め! 不当に|簒奪《さんだつ》されし我が領土へ! 進軍速度第三種!」 進軍前の演説というのは本来、兵士たちの戦闘意欲を刺激し、士気を上げるために行う物。 背後でそれを見守るイストリアから見て、宰相の演説は三つの間違いを犯していました。 一つ目は戦友諸君と呼びかけたこと。 戦友というのは長年の戦を共にして、将兵の信頼関係が成り立ってこそ意味のある呼び方です。新兵や初めて指揮する部隊に向かっては『戦士諸君』と呼びかけるのが慣例でした。それをいきなり馴れ馴れしく戦友などと呼ばれては、兵士たちも興醒めです。 そして二つ目。 総司令官は兵士にとって命を落とすかもしれない戦場へと送り出すために、己の正義を信じ、敵へと立ち向かう勇気や敵愾心を煽るものです。煽るまでは良かったのですが、最初から敵を過小評価し、この戦いが簡単に終わると印象付けたのは悪手でした。 そして最後は進軍速度。 進軍速度は三種に分かれており、一種は通常行軍で一日の踏破距離は二十キロ程度。二種は速行軍で三十キロ程度。そして三種というのは昼夜問わずの強行軍で、その距離は四十キロ以上とされています。それを武器や防具、当面の食料やテント類など二十キロ近くある重さの装備を抱えて進むのです。 帝国の首都から辺境である大陸西方への入り口までは四百キロ近く。通常行軍なら二十日ほどで到達できるところを、必ずしも急ぐ理由がないにもかかわらず最速で到達することを
――リンゼン帝国 帝都セント・レグナス 皇帝廟謁見室――「皇帝陛下、軍勢は順調に終結しており、間もなく十万に達する見込みです」 イストリアは一切の感情を見せぬ表情のまま、無言でただ頷きました。「敵の兵力は?」 物言わぬイストリアに代わり、大臣が口を挟みます。「三万程度かと」 その報告を聞き、宰相と政務大臣を兼ねるアルベルト・ヨハン・ローゼンベルクの口元には冷たい笑みが浮かびました。「はん! その程度の兵力、我が十万の軍にかかれば塵も残さず蹴散らせようぞ!」 既に勝ったと確信して上機嫌に息巻く大臣とは対照的に、イストリアの表情は晴れません。「ローゼンベルク、そのように鷹揚に構えていても良いのか。我が軍の兵士の練度はどうなのだ」「ご心配には及びませぬとも。我が軍の誇る将軍たちがしっかりと鍛えております。陛下はその|至尊《しそん》の座にて戦勝の報告をお待ちくださればよいのです」「しかしハワード王国の兵士たちは精鋭揃いと聞く。対して我が軍は新兵が大半だと報告を受けているぞ」「将には歴戦の強者が揃っております。彼らに任せておけばすぐに立派な兵士に育て上げてくれるでしょう。そうなれば三万ごとき少数兵力、容易く打ち破ることが出来ましょう」 いくら言ってもすでに勝った気でいる大臣の笑みは崩れません。 イストリアは小さく息を吐くと、そのまま静かに目を伏せてしまいました。(お兄様たちが生きていらしたら……) 若くしてこの世を去ってしまった二人の兄。彼らはイストリアの事をとても可愛がってくれた心優しい兄でした。その一方でとても勇猛な将としても知られており、皇帝の器として帝国民の誰もが認める、妹であるイストリアから見ても立派な人物でした。(それに引き換え、わたしときたら……ただ玉座に座っているだけ) 大臣が進めるまま始まりつつある今回の戦争を、自分の不甲斐なさが原因であると自責の念に沈んでいました。 生前、兄達が言っていた言葉が脳裏に蘇
東の帝国で軍備が増強される中、西の王国では今日も変わらず民が平和な生活を送っています。 しかし王城の一室では重臣と将軍たちが集められ、緊急会議が開かれていました。 ――ハワード王国、謁見室 緊急軍議――「国王陛下、敵の兵力、十万は下らないとのこと!」 物見の報告役である兵士が王の眼前で、片膝をつきながら悲痛な顔で報告します。 対する王国の陸軍兵力は三万。海軍に一万。「十万だと! とてもじゃないが勝ち目がない!」 慎重論派の多い重臣たちの顔は青ざめ、既に悲観的になっています。「籠城戦だ! 我が国の防壁は暑く、食料も豊富だ。半年は持ちこたえられる!」「民を全員城に入れられるものか! しかも半年持ちこたえたからと言って援軍もないのだぞ!」「いや、ここは王城を一度捨てて、ゲリラ戦法に移るべきだ! 各地で各個撃破すればよい!」「バカ者! それこそ民はどうなる! 下等臣民へと落とされ、鉱山送りだぞ!」 今までにも帝国は反逆者や重犯罪人などを下等臣民として、鉱山や港湾労働などで苛烈な扱いをしてきたのは周知の事実です。 大陸の西方は、帝国本土と人体でいう腰のような陸地で繋がっており、三方は波の高い外洋に囲まれています。荒海を越えられる船を持たない民にとって逃げ道はありません。「ならば徹底抗戦するまでだ! 帝国の腑抜けた兵士どもに、鍛え上げられた我が国の強さを見せつけてやるがいい!」 最も好戦的な大将軍が声を大にして主張しましたが、それに賛同する声はありません。 降伏、籠城、放城、抗戦。作戦は異論噴出し、一向にまとまる気配がありません。突然振りかかった未曽有の国難に対し、誰もが動揺を隠せない様子。 その中でひとり、カイゼル王だけは腕を組み、目を閉じたまま微動だにしませんでした。横に控えるアウグストも、父の顔色をうかがいながらも取り乱した様子はありません。 やがてカイゼル王がその重い口を開きました。「決して民は見捨てない。帝国に膝を屈することもしない。それだけは譲れん」 静かに、落ち着いた口調で
昔々、ある大陸にリンゼン帝国という国がありました。 かつては隆盛を誇ったその国も、皇帝の交代に伴う内乱で国が傾き、周囲への影響力を失っていきました。 そして世は乱れ、相次ぐ戦火によって経済が止まり、田畑は焼かれ、食料が不足した民草は塗炭の苦しみを味わうことに。 そんな中、農民から身を起こし、リンゼン帝国の男爵という地位まで駆け上がったカイゼル・ハワードという人物が立ち上がったのです。 彼は義勇軍を率いて反旗を翻し、西の海に面した一都市を占領してハワード王国を築きました。 『炎の剣士』と呼ばれたカイゼルの強さは他を圧倒し、瞬く間に帝国の西方三分の一を掌握。 彼の善政によって経済や食糧生産は回復し、民心は安定。 かくして西方の民は安寧を取り戻し、人々は彼を『太陽の剣王』と呼んで讃えることになったのです。 リンゼン帝国にとっては大打撃でしたが、力の衰えた帝国ではハワード王国を攻めることも出来ず、にらみ合いを続けたまま十年の歳月が過ぎていきました。 * * * 城の中庭、カイゼルは剣の稽古をつけてあげていました。 「せいやぁーー!」 裂帛の気合と共に、正面から剣を振り下ろす小さな剣士。「そんな攻撃は当たらないぞ! アウグスト!」 さすがはかつての『炎の剣士』、体を捻るだけで難なくそれをかわします。しかし、アウグストと呼ばれた少年も負けてはいません。「はぁっ!」 振り下ろした剣が地面へつく前に素早く跳ね上げ、そのまま横薙ぎの一閃。「ぬっ」 その攻撃にはカイゼルの体捌きも間に合わず、剣を使って受け止めるしかありません。「やるな! だが甘い!」 受け止めた剣をくるりと回すと、少年の持つ剣をからめとり、そのまま弾き飛ばしてしまいました。 十メートルほど離れた場所に突き刺さった自分の剣を見て、少年は膝をついてしまいます。その顔には無念の色が。 「まいりました……」 意気消沈して







